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旅と文具とカフェめぐり

モーリス・ユトリロ展(東京)

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ご無沙汰しております。久しぶりのブログ更新となってしまいました(^^;; 先月末、東京に行ってきました。今回から3回シリーズで(?)、その様子をお送りします。

メインは、ブルーノート東京でのライブ鑑賞だったのですが、翌日は、空港に向かうまでの間、フリーだったので、美術館に行ってきました。 その日、まず向かったのは、新宿です。 新宿駅から徒歩10分ほどのところにある、損保ジャパン東郷青児美術館で開催されていた、『モーリス・ユトリロ展』を見てきました。

ユトリロと言えば、昔、中学か高校の美術の教科書に載っていた絵を見て、好きになったのでしょうか。 今回、展示されている90点あまりの作品は全て日本初出展とのことで。今までも、1点か2点なら、どこかの美術館で見たことがあったと思いますが、これだけ多くのユトリロ作品を見るのは初めてでした。

白い漆喰の壁、酒場、教会、連れ立って通り過ぎていく数人の人々・・・。 ほとんどの絵が、描かれている場所は違っても同じモチーフばかりが繰り返し、登場してきます。 ユトリロは、若い頃からアルコール中毒となり、精神病棟への入退院を繰り返した、不遇の作家としても有名です。そういった、画家の人生込みで、あのモンマルトルの寂れた漆喰の建物の絵を見ると、どこか、日本人好みの侘び寂びにも通じるのでしょうか。 しかし、それだけではなく、ユトリロは、彼の絵が売れ始めた頃から、実の母と、母の結婚相手であった、3歳年下の「継父」に、絵の売り上げ金をごっそり巻き上げられ、ユトリロ自身は、酒を飲みたいがために、その僅かな代金を稼ぐために、絵を描き続けていたそうです。 さらに、晩年、ユトリロが結婚した相手は、彼のパトロンでもあった裕福な女性で、今度は彼女に、格子のはまった部屋に閉じ込められ、またもや、自由を奪われ、絵を「描かされる」日々・・・。

そんな画家の人生を知ってしまうと、これだけ、同じモチーフばかりが繰り返し描かれる作品を眺めているうちに、ある疑問が湧いてきました。 果たして、ユトリロは彼自身の絵を愛したことがあったのか? 確かに、ある意味、自分の才能を愛してはいたかも知れません。酒の代金を得るための、能力としては。 でも、それ以上のもの、たとえば、自分の絵に対する愛着のようなものはあったのでしょうか。 もしかしたら、絵を描くことで、今日の酒にありつける、ただ、それだけの意味しか、彼にとっては無かったのかも・・・。

ユトリロの絵に出てくる人物は、小さくて、顔も見えなくて、どれも、数人が連れ立って、どこかへ歩いて行こうとしています。 それは、自由を奪われ、(精神病棟であろうと、家であろうと)鉄格子の中に閉じ込められたユトリロ自身が、ただ、自分の目の前をただ通り過ぎ、どこか遠くへ行ってしまう人々を半ば憧れの目を持って、眺めていたからかも知れません。 実際、彼は、家の窓から、外の通りに、助けを求める手紙を投げたくらいだそうですから。90点のユトリロ作品を並べた展覧会は、芸術作品を見ているというよりも、まるで、一人の不幸な男の人生を目の前に見せられているかのような、そんな奇妙な感覚を味わいながら、見ることとなりました。

今まで、多くの展覧会に行ってきましたが、こんな感想を持ったのは、おそらく初めてというか。 そのあと、同じフロアで、常設展示の旧・安田火災時代に、オークションで高額で競り落として話題になった、有名な、ゴッホの「ひまわり」や、ゴーギャンの絵を見たのですが、今まで見ていたユトリロの絵と、これらは、まるで別物だとしか思えなかったくらいです。

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果たして、何が芸術なのか。 こうして、自分の寂しさ、孤独感を、ひたすらキャンパスに叩きつけたようなユトリロの絵こそが、彼の不幸な人生そのものを物語っていて、それこそが、芸術であるのかも知れません。でも、画家が、自分の絵に、芸術性を求めていなかったとするなら、それも、また、不幸なこと・・・。 美術館を出たあと、エレベーターで地上に降り、強い日差しが照りつける、新宿の高層ビル群の中を歩きながら、そういった、さまざまなことを、ふと考えた展覧会でした。