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旅と文具とカフェめぐり

田中一村記念美術館に行きました

先日までネットで公開されていた『村上さんのところ』は、作家の村上春樹氏が読者からの質問に答えてくれるという、なんとも豪華な企画でした。

その中で、日本国内でおすすめの場所は?と訊かれた村上氏の回答はこのようなものでした。

しばらく前に奄美大島に行って、田中一村の美術館を訪れました。 僕は田中一村の絵が大好きなので。のんびりとした良いところですよ

国内には有名な観光地も美術館も星の数ほどあるのに、その中でも、村上氏が特に推しているのが、奄美の田中一村さん?

それは、ぜひとも見に行かねば。(別に、熱烈な村上作品ファンというわけではなく、すでに奄美へ旅行する予定が入っていたので、現地へ行った際には、絶対見に行かないと、と思ったのでした)

その時点での、私の中での田中一村についての知識は、確か、南国の島に移り住んで、南国風の絵を描いたひと・・・だったかな?という曖昧なものでしかありませんでした。

たとえば、こちらの表紙に使われている絵などが有名かもしれません。

それにしても、そこまで村上氏が推す、田中一村って、どんな画家なの?

もともと美術が好きなこともありますが、そんな興味もあって、奄美で美術館を訪れてみました。

田中一村記念美術館へ

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こちらが田中一村記念美術館です。

薄暗く照明を落とした館内には、関東で生まれ育った画家が、早熟の天才と言われながらも、なかなか画壇に認められず、50歳で奄美に移り住んで、19年後、孤独にその生涯を閉じるまでの絵が展示されています。

やはり、一番、強烈な印象を受けたのは、奄美時代の絵。

それまでも、美麗な花鳥画を描いていますが、明らかに、奄美時代は、画風が一線を画しているのが分かります。

画面を大きく斜めに横切る、黒くギザギザした蘇鉄の葉。

阿壇(アダン)というパイナップルに似た形をした実や、葉の形状が独特なクワズイモ、綺麗な色の羽を持つルリカケス。

奄美でしか見ることのできない自然の造形を強い日差しを受けてくっきり影を落とす、明暗のコントラストや、時には、墨絵のように繊細な、緑のグラデーションとともに、絵の中に写し取っています。

そして、私たちは、その魅力に惹き付けられるのです。 生命力に溢れ、生い茂る植物、そして、その陰影ある森で羽を休める鳥たちに。

トラベラーズノートに書いてみました

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何も知らずに見たら、まるで、空想上の楽園とでも見まごうような、幻想的な絵。

でも、よく目を凝らすと、一つ一つの植物は、どれも奄美で見ることができる、実在の花や木なんですよね。

田中一村は、奄美にやってきて、その神秘的な自然に只々圧倒されたのだろうと思いました。

だから、ここまで、鬱蒼とした奄美の自然の造形を一枚一枚の葉まで細かく丹念に描き続けたんだろうと。

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そんな雑感を、帰宅後、トラベラーズノートにも書き綴っておきました。

左ページには、パンフレットに載っていた一村の絵をぺたり。あの絵の力強い迫力は、実物を見ないと分からないんですけども…。

美術館の建物のこと

田中一村記念美術館は、奄美パークの中にあります。

そこは、かつて旧・奄美空港だった場所で、滑走路などがあった広大な敷地を再開発するにあたり、奄美に関する大きな展示館にしたのだとか。

そして、晩年、奄美に移り住んだ画家の美術館も併設した、ということのようです。

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田中一村記念美術館は、水がはられた場所に小さな建物がいくつも連なっていますが、この建物、少し奇妙な形をしてませんか?

実は、こちらの美術館を訪れる前、わたしは先に、大島紬村を訪れていました。

そこでガイドさんに教えて頂いたのが、奄美特有の貯蔵庫「高倉」のことでした。

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大島紬村で見ることができる「高倉」です。

歴史で習った高床式住居にも似ていますが、木を削ったハシゴを昇った「屋根」の部分が、貯蔵庫として使われていて、穀物などを保存して、湿気やネズミなどの害から守っていたのだとか。太い柱にはイジュという木を使うそうです。

大きな「屋根」部分といい、建物を支える太い柱といい、美術館の建物と似ていませんか?

きっと、この奄美独特の建物を模して、美術館が設計されたんでしょうね。

奄美に移り住んだ田中一村は、大島紬に使う糸を染める染色工として、僅かな賃金で数年間働き、金を貯めたあと、何年か絵を描いて過ごすという、質素な生活を送っていました。
(バラック小屋のような粗末な自宅で撮られた画家の写真も、上半身裸にパンツ一枚という、到底、立派な画家とは思えない姿で・・・)

大島紬村では、大島紬がどのように作られるのか、実際に、その工程を間近で見学していたので、田中一村が大島紬の工場で染色工として働いていた、という文章をパネルで読んだときも、ああ、あんな風に糸を染める仕事を・・・とすぐに想像できました。

田中一村が絵のモチーフとしてよく描いていたルリカケス(羽が瑠璃色をした天然記念物のカラス)も、大島紬村で見かけることがあるのだとか。

大島紬村に私が行った日はあいにくの雨だったので、ルリカケスはどこかの木で羽を休めて雨宿り中だったようですが。

バスで15分ほどの距離ですし、敷地内には奄美特有の植物も多く植えられているので、もし、時間が許せば、まず、大島紬村を訪れてから美術館へ向かうと、絵や画家について、理解も深まるのではないかと思います。

奄美パークブレンドをいただきました

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美術館内にあるカフェでは、奄美パークのためにブレンドされたコーヒーを頂きました。奄美パークブレンドです。

カフェからは、ちょうど大きなガラス窓越しに、高倉を模した建物を眺めることができます。

生前、画家としては無名に近く、島で貧しい暮らしをしていた一村が、自分の名がつけられた、この立派な美術館を、天国から見たら、どんな感想を持っただろう?

味わい深いコーヒーを飲みながら、そんなことを思いました。

あまりにも分不相応過ぎると感じたか、もしくは、終の棲家となった奄美の象徴でもある「高倉」の中に、自分の作品が収蔵されて、くすぐったくも光栄に感じたか。

自分が納得できる絵を描くために奄美に来たと、田中一村は生前、口にしていたそうです。

金儲けのためでもなく、ただ、自分のために奄美で絵を描いていた。そのストイックな画家の人生に、村上氏は惹かれたのでしょうか。

薄暗い館内で、まるで熱に浮かされながら夢に見た、亜熱帯の楽園を描いたかのような作品を眺めていると、その夢の中に自分も迷い込んでしまった気持ちになりました。