現在、モンブラン・ボルドー#145に入れて、使用しているインクは、モンブランのブルーブラックです。
4年ほど前にボトルを購入して、まだ使っているんですが、この長靴型のボトルは旧タイプで、2011年にモンブランのインクは、もっと角ばった新タイプのボトルが使用されるようになり、ブルーブラックは、「ミッドナイトブルー」と名前が変更になったのでした。
この、全体に丸っこいカーブをしたフォルムが、結構、気に入っているんですけれども。
モンブランのブルーブラックと言えば、代表的な古典BB(ブルーブラック)インクとして有名。
ところが、先日、その古典BBの代表格だったモンブランが、古典BBじゃなくなった、という情報をTwitter上で見まして。
しかも、古典BBじゃなくなり、「パーマネントインク」になってしまう、という情報を、いくつかのブログで読んだのですが。
あれ・・・?
モンブランのブルーブラックインクの箱には「パーマネント」って書いてあるんですけど。今までも、「パーマネント」だったのに、「パーマネントインク」になるってどういうこと?
フシギに思って、改めて、古典BBやインクのことを調べてみました。
万年筆のインクは顔料インクと染料インクの2種類がある
万年筆のインクには、大きく2種類あります。
顔料インクと染料インクです。
1)顔料(pigment)インク
主成分は、水に溶けない微細な粒子(顔料)
水性顔料インク、とも表記する。(水に溶けないのに、「水性」なのは、顔料が水に混ざっているから。一度乾燥すると、再び、水には溶けない)
耐水性・耐光性に優れている。滲み難い。
セーラー万年筆では、「極黒」と「青墨」。
プラチナ万年筆では、水性顔料インクとして、「ブルーインク」、「カーボンインク(黒)」、「ブランセピア」、「ローズレッド」が販売されています。
2)染料(dye)インク
紙に染み込んで、紙の繊維を染めることによって、線を書く
耐水性・耐光性は低い。滲みやすい。
「顔料インク」と明記されていない、多くのインクは染料インクです。
古典ブルーブラックは?
では、古典BBはどちら?
結論を言えば、古典BBは染料インクの部類に入ります。(顔料とは書かれていないので)
つまり、万年筆のインクは、顔料インクと染料インク(古典BB含む)の2種類がある、と言えるわけです。
悩ましき古典ブルーブラックインク
では、どうして、これほどまでに「古典BB」と特別扱いされるのか。
それは以前、記事にも書きましたが、古典ブルーブラックが、ある意味、「恐れられて」いる理由としては、「インクを入れたまま、万年筆を長期間放置してしまうと、インク溝が詰まって書けなくなってしまう」から。
古典BBであるブルーブラックインクを出しているプラチナ万年筆のサイトにも、このように書かれています。
金メッキなどですと、メンテナンスを十分にせずにインクが付着していると、腐蝕(さび)てくることもあります
メンテを怠ると、大事な万年筆がダメージを受ける可能性もあるインク、ということで、古典BBを敬遠される方も多いのです。
でも、それは、あくまで、メンテナンスを怠った場合のこと。
一方で、古典BBには、他の染料インクには無い長所があります。それは、長い年月を経ても文字が消えにくいということです。
染料インクだけど、文字が消えにくい古典BB
モンブランのブルーブラックインクの箱の裏面には、「字の消えない公文書用」と表記があります。
では、どうして、同じ染料インクなのに、古典ブルーブラックだけが「消えない」んでしょう?
顔料インクを万年筆に使用することが技術的に困難であった当時、青の染料とタンニン酸第一鉄を配合し、筆記後空気中で酸化されタンニン酸第二鉄(※)となるのがこのブルーブラックです。 (中略)
筆記してある一定期間は、その色は青(ブルー)ですが、この染料のブルーがいずれ退色した後に残った鉄のみが紙面に固着して、色としては黒色(ブラック)のみが残ります。
初めはブルーで、後年ブラックになるためこのインクを『ブルー・ブラック』インク」と呼んでいます
(プラチナ万年筆>インクあれこれより)
※2013.11.30追記;
上記ページの原文では、※部分が「タンニン酸第一鉄」と書かれていますが、「タンニン酸第二鉄」が正しいと@pgaryさんにTwitterで御教示頂きました。ありがとうございます! それに合わせて、以降の該当記述も変更しています。
「ブルーブラック」とは、黒っぽい青だから、そういう名前なのではなく、筆記当初はブルー、のちに、タンニン酸第二鉄の成分が残ることで、書いた文字が黒っぽくなってくるので、「ブルーブラック」という名称になったわけですね。
私も、てっきり、黒よりの青だから、ブルーブラックなのかと思ってました。
ブルーブラックインクは、『青みがかった黒色』であるとか、『黒味がかった青色』であるなどの色目のことではなく、筆記当初はブルーですが、年月の経過と共に染料の青い色の部分が退光した為、その後に混合している鉄の黒い部分のみが紙面に固着して残存していることでブラックになるという、長期保存性を維持している機能を指しています。
(プラチナ万年筆>インク(ブルーブラック)より)
インクの色が黒く変化していくことで、文字が長年経過しても消えることなく残り、証文や公文書に必要となる「文字の耐年性」をそなえたインクとして、古典BBが長く使用されてきたの歴史があるんです。
古典BBのインクは、プラチナ万年筆のサイトの記述によると、19世紀頃には成立していたようです。以降、長期保存を必要とする、大事な公的書類には、古典BBのインクで記すようになり、現在に至るわけです。
以前から古典BBはパーマネントインクでした
この「消えにくい」「文字に耐年性がある」インクというものが、パーマネントインクになるかと思います。
もともとの英語でも、「パーマネント(Permanent)」とは、永続する、永続的な、恒久的な、長持ちする・・・という意味です。
私のモンブラン・ブルーブラック(古典BB)の箱にも、「permanent for documents」と記載されています。
そして、今回、ミッドナイトブルー(旧;ブルーブラック)のボトルがなくなり、新しく発売となったのは、「Permanent Blue」。(同時に、Permanent Blackも発売になりました)
古典BBの頃から、パーマネントなインクであったことは確かなのに、新たに発売されたのが、「パーマネントブルー」とは、なんだか、ややこしい。しかも染料インクではなく、顔料インクになっているんですから。
ボトルのデザインも、すっきり洗練されすぎていて、ちょっと味気ないなあ。
パーマネントブルーの箱の裏面には、「耐色性に優れています」と記述されているだけで、「字の消えない公文書用」という日本語記載はなくなっています。
でも、英語では、古典BB同様、permanent for documentsと記載されていますから、依然、公文書で使用可能、ということに変わりはないようです。
上記記事の実験でも、パーマネントブルーは、顔料インクのカーボンブラックとともに、水に濡れても滲みはありませんでした。つまり、(うっかり者の)お役所の役人さんが、水に濡れた手で書類を触ってしまっても、モンブランのパーマネントブルーなら、大事な文書が滲んで見えなくなることはない、ということですね!
一番最初の疑問に戻りますが、こうなると、古典BBだったモンブランのブルーブラックが、「パーマネント」になってしまった、という情報は、正しい表現ではないような気がします。古典BBがパーマネントなのは、昔も今も変わらないのですから。
「パーマネント」をインク名に入れた意味
一方で、この新しいモンブランのパーマネント系インクは、顔料インク。
古典BBだったブルーブラック系インクが生産されなくなり、その代わりに、新たに顔料インクが発売された、ということになります。
なので、「モンブランの古典BBがパーマネントになってしまった」ではなく、「モンブランの販売ラインから古典BBのインクが姿を消し、パーマネントブルーという名前の顔料インクが発売された」と言うのが正しいのではないかしら?と。
「パーマネント」とインクの名前に入れたことで、英語では、材料の「顔料」を謳うよりも、そのインクの性能、すなわち、恒久的に消えにくい面を、モンブランは強調してきたわけですね。
今回、古典BBやモンブランの新発売インクについて、いろいろと自分なりに調べてみて、やっと、すっきりしました。(とはいえ、なにぶん、素人なものですから、もし、間違いがあったら、ごめんなさい)
まだまだモレスキンに古典BBで書いてます
当面は、4年ほど前に買ったモンブラン・ブルーブラックを使い続けるので(本当は、もっと早くに使いきってしまわないと、インクが酸化してしまうらしいのですが)、パーマネントブルーを買うべきかどうか、しばらくは悩まなくて良いようです。
モンブランのブルーブラックは、相変わらずモレスキンに書くときに重宝しています。
さすが古典BBだけあって、どのモレスキンに書いても、滲むことなく、裏抜けもほぼ無し。対モレスキンにおいては、信頼がおける、唯一の優等生なんです。
万年筆で書いたとき、他の染料インクでは、滲みまくり、裏抜けしまくりでも、やっぱり、モレスキンの紙の色、大きさや厚さだけでなく、持った感触も好きなので、離れられそうになくて。
こちらは2013年11月に、モレスキンに書いたもの。
こちらは、同じモレスキンの前のほうのページに、2010年に書いたもの。
ちょっと写真では見づらいかも知れませんが、肉眼では明らかに、書いてすぐの文字にはインクの青みがちゃんとあって、3年も経つと青みがかったところが消え、全体に黒っぽい文字に変わってきています。
これが、タンニン酸第二鉄の鉄の色だというのは、前述のとおりですが、この黒っぽい青、っていうのが、他の染料インクでは、なかなか無いんですよね。真っ黒でもない、黒寄りの青。
手持ちのインクの中では、モレスキンに対して最優等生であることと、この独特の色味があることで、モンブランの古典BBは、やっぱり私にとって、手放せない愛用のインクなんです。
顔料インクの台頭で古典BBの運命は・・・
古典BBインクを入れたまま万年筆を放置してメンテナンスを怠ると、溝が詰まって書けなくなってしまったり、金メッキ部分が錆びてきてしまうのは、古典BBインクが「酸化してタンニン鉄化合物の沈殿が生じること」が原因。
プラチナでは、顔料インク以外のインクは染料インクだけれど、ブルーブラックだけは「酸性」なので、取り扱いには要注意、とのことです。
以前は、古典BBといえば、モンブラン、ペリカン、プラチナ、ラミーなど、大手のメーカーがいくつも出していました。(参考;『趣味の文具箱 16』 /P65)
しかし、ラミーのブルーブラックのボトルは2011年12月に染料インクとなり(それまで、ボトルは古典BB、カートリッジは染料インクだった)、今度はモンブランが撤退。
※モンブランのブルーブラックが、ミッドナイトブルーと名前を変えたのち、最近では、すでに古典BBではなく、普通の染料インクになっていた、という情報も。
古典BBはどんどん無くなっていく傾向にあります。これが時代の趨勢というものなのでしょうか。
現代のように、超微粒子の顔料インクを万年筆用として製造できなかった時代には、古典BBは、文字が消えにくいために、とても重宝されました。
しかし、ただでさえ、PCやスマートフォンに押され、手書きで書くといえば、便利なボールペンまである時代。
万年筆の需要も減少する中、他の染料インクとは違って、取り扱いに注意が必要となる古典BBを販売し続けるよりは、ブルーブラック系も、染料インクにしたほうが扱いも楽になって販売しやすいし、顧客側にもメリットがあるだろう、というメーカー側の意向も当然あるのでしょう。
水に流れにくいインクなら、顔料インクがあるわけだし、公的なデータ自体も、多くがコンピューター内に保管される時代では、古典BBによる文字の耐年性は、もはや、ほとんど求められていないのかも知れません。
さいごに
古典ブルーブラックは、没食子(もっしょくし)インクと呼ばれることもあります。
没食子とは、ブナ科の植物の瘤のこと。 タンニン成分を多く含むため、その成分を抽出して、昔から、染料やインクが作られてきました。私は文系人間なので、化学はニガテなんですけど、古典BBインク(没食子インク)は、鉄イオンを、没食子に含まれる没食子酸に加えることで出来るとか。
ウィキペディアの没食子インクのページに、その歴史が書かれていまして、古くは、シナイ写本や中世ヨーロッパの写本にも、多く没食子インクが使われていた、という記述があって。
今、ちょうど、久々に『修道士ファルコ』を買ってきて読んでいたりするので、古典BBの歴史から、中世の教会の写本室に思いを馳せてみたり。(修道士の兄弟アルヌルフも古典BBを使って写本をしていたのかしら~、とかいう具合に)
この、ウィキの没食子インクのページに「終焉」という項目がありましてですね。
すでに古典BBは過去の遺物、みたいな表現がされているのですが、まだ、東洋の小さな国では、プラチナさんが古典BBを作り続けてくれてますよー!と言いたいです。(かくいう私は、プラチナの古典BBを、カートリッジで使い始めたばかりなのですけども・・・)
水に濡れても消えにくいことや、この独特な色の変化など、古典BBを愛する人たちの理由は、それぞれでしょうけれど、それぞれのこだわりの中で、時代に押されて、いずれは無くなってしまうかも知れないインクを愛して使い続けるのも、これまたロマン。
そんなロマンティストたちに愛され、古典BBは、まだまだ「終焉」を迎えることもなさそうです。
参考記事; ・古典ブルーブラックインク関係の記事で主なものを・・・| 趣味と物欲